蘭月の勉強部屋

女子大生が、政治・経済・マスコミ・外交・教育の”ウソ”をバッサバッサ斬っていくブログ。初心者向けのつもり。だって自分も初心者だから。

 

アジア諸国にとっての「日本」とは。まとめ。 

前回のエントリの後、早速私宛てにメールが幾つか届きました。

「日本の侵略行為、アジアに対して行った罪を棚に上げるな!」
「アジアのどの国も、日本に植民地化され、虐げられたことを忘れていない!」

など、など。


まぁ、そう仰る方々を、一方的に否定はしませんが。
主張をするのなら、せめて根拠を示して下さい、と言いたいです(笑)。


とりあえず、こっちはこっちで、少しだけ根拠を示しておきましょうか。


【なぜいろんなことが誤解されたままになっているか?】


上記リンクは、「韓国は『なぜ』反日か?」というサイトの一部です。
とりあえず今回は【3】だけを取り上げますが、非常に内容の濃いサイトなので、できれば時間のある時に【1】〜【3】まで全部読んでみて下さい。


>よく中国や韓国が、「アジアの、世界中の人々全てが日本を恨んでいる」 と大胆なことを言うが、それは本当だろうか。


前回の私のエントリでは、”ある特定の国”とだけ述べましたが、あっさりと中・韓の話が出てしまってますね(笑)。
まぁ、これは紛れもない事実で、


日本を悪し様に言っているのは、実質、中国系と朝鮮系の人達ばかり


なんです。
まぁ、他にもいなくはないでしょうが、正直あまり聞きませんね。
今なら、「トラストミー」に散々振り回されたオバマさん辺りだと、日本をコキ下ろすかもしれませんが(笑)。


他の国はどうなのかというと。
沢山、例が挙げられていますね。簡単にまとめます。


<台湾>
・アンケート「日本のことが好き」…93%
・日本統治時代、台湾で志願兵を募集したところ、「これで日本国民になれる!」と応募が殺到、倍率600倍に

<タイ>
・アンケート「日本のことが好き」…96%

<シンガポール>
・教科書には、日本がシンガポールを支配していたことが12ページに渡って記載されているにも関わらず、アンケート「日本のことが好き」…94%

<サイパン(現アメリカ)>
・天皇陛下がサイパンを訪れることを決めた時、韓国人が反日・反天皇デモを行おうとしたが「もし韓国人が天皇陛下に抗議するなら、我々は韓国企業をボイコットする」と抵抗、陛下の訪問が実現

<ハワイ(現アメリカ)>
・カラカウア王は、当時から正式に国交のあった日本に自ら訪れ「アジアの盟主となって欧米の侵略からハワイを含む弱い立場の国を守ってほしい」と明治天皇に申し入れた

<パラオ>
・彼等は先の大戦を「日本人と共に戦った」ではなく「日本人として戦った」と言う
・勤勉の精神を教えてくれた日本人を心の中で敬い、日本統治時代が最もよかったと懐かしみ、アメリカに壊された南洋神社をも再建
・独立した時、日本の国旗である日章旗をモデルにした月章旗を作り、自国の国旗にした
・パラオの月章旗の”月”は、「同じでは日本に失礼だから」と、わざと中心を外すようなデザインにした
・パラオの国定教科書では全462ページのうち36ページが日本統治時代にあてられ、章には「日の丸の旗のもとに」というタイトルがつけられている
・今でも日常的にたくさんの日本語が残っており、あまりに日常的過ぎて、それが日本語だと気付いていない人も多い・「桜」の樹がない国にも関わらず、桜の花に抱く美しいイメージだけで歌を作り、今も愛唱されている
・アンガウル州では、州憲法によりアンガウル語、英語に並び、日本語が公用語とされている(海外で日本語が公用語とされる唯一の例)
・パラオ人の8割は、その姓名のどちらかに「日本式の名前」を付けているといわれる
・当時を知るパラオの長老たちは、今でも日本を「内地」と呼ぶ




そして、アジア諸国の政治家や専門家の声


<インドネシア>

★インドネシア モハメッド・ナチール元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。
 大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
「大東亜戦争というものは本来なら私達インドネシア人が、
 独立のために戦うべき戦争だったと思います。もしあの時、
 私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。
 大東亜戦争はそういう戦いだったんです。」

★インドネシア アラムシャ 元第3副首相
「我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、
 350年間に亘り幾度か屍山血河の闘争を試みたがオランダの狡知な
 スパイ網と強靱な武力と苛酷な法律によって圧倒され壊滅されてしまった。
 それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を
 断ち切ってくれた。
 インドネシア人が歓喜雀躍し感謝感激したのは当然である。」

★インドネシア ブン・トモ 元情報相
「我々アジア・アフリカの有色民族はヨーロッパ人に対して何度となく
 独立戦争を試みたが全部失敗した。インドネシアの場合は、
 350年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を
 我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。
 我々は白人の弱体と醜態ぶりをみてアジア人全部が自信をもち、
 独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。
 そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、
 我々がやらねばならなかった。そして実は我々の力でやりたかった。」

★インドネシア アリ・ムルトポ准将
「日本はアジアの光である。
 大東亜戦争は欧米人にアジア人の勇敢さを示したもので
 アジア人の誇りである。
 今、忽然として日本民族がこの地球上から消えたら韓国が一番困ると思う。
 もし、日本がシンガポールの地点にあったら、インドネシア人の成功は
 容易である。つまり、日本の近いところに位置していることは、幸運なのだ。
 経済的支援を連続的に受けていると言ってもよいくらいだ。
 インドネシアが日本に近ければ、今のような貧弱なインドネシアではない。
 つまり、我々インドネシア人は『日本はなにもしてくれなくてもよい』と
 考えている。日本は欧米と肩を並べて進歩しているだけで十分、
 アジア・アフリカにつくしていると考えている。
 だから、我々アジア人は外交面に弱い日本を支援したいと思っている」

★インドネシア サンパス元復員軍人省長官
「特にインドネシアが感謝することは戦争が終わってから日本軍人
 約1000人が帰国せず、インドネシア国軍と共にオランダと戦い、
 独立に貢献してくれたことである。日本の戦死者は国軍墓地に祀り、
 功績を讃えて殊勲章を贈っているが、それだけですむものではない。」

■インドネシア『祖国防衛義勇軍(PETA=ペタ)マーチ』

“アジア、すでに敵に向かい、蜂起せり 己を捨てて全力を尽くす
 連合国を粉砕せんと 玉散ることもいとわず
 進め 進め 義勇軍 アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸あれ

 古きアジア 不幸に苦しむ 烈しき圧制に 幾世紀も忍ぶ
 大日本 雄々しく立てり アジアを救い 我らを守る
 進め 進め 義勇軍 アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸あれ”


<マレーシア>

★マレーシア  ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員
「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。
 敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。
 しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで
 将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の
 国語を普及させ青少年の教育をおこなってくれたのです。」

★マレーシア マハティール首相
「日本は、軍国主義が非生産的であることを理解し、その高い技術と
 エネルギーを、貧者も金持ちも同じように快適に暮らせる社会の
 建設に注いできた。質を落とすことなくコストを削減することに成功し、
 かつては贅沢品だったものを誰でも利用できるようにしたのは日本人である。
 まさに魔法も使わずに、奇跡とも言える成果を創り出したのだ。(中略)

 東アジア諸国でも立派にやっていけることを証明したのは日本である。
 そして他の東アジア諸国はあえて挑戦し、自分たちも他の世界各国も驚く
 ような成功をとげた。東アジア人は、もはや劣等感にさいなまれることは
 なくなった。いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際に
 それを証明してみせた。もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈して
 いただろう。富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しく
 なっていたと言っても過言ではない。北側のヨーロッパは、永遠に世界を
 支配したことだろう。」 (欧州・東アジア経済フォーラム 1992年10月14日)

★マレーシア ガザリー・シャフェー 元外相
(日本の政治家の自虐的謝罪に対し)
「どうしてそういう挨拶をなさるのですか。あの大戦で日本はよくやった
 ではないですか。マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を
 追い払ったではありませんか。その結果、マレーシアは独立できたのです。
 
 大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、その他の東南
 アジア諸国の独立も考えられないんですよ?」

★マレーシア ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員

 この国に来られた日本のある学校の先生は
 「日本軍はマレー人を虐殺したに違いない。その事実を調べに来たのだ」
 と言っていました。私は驚きました。

  「日本軍はマレー人を一人も殺していません。」

 と私は答えてやりました。日本軍が殺したのは、戦闘で闘った英軍や、
 その英軍に協力した中国系の抗日ゲリラだけでした。


<タイ>

★タイ ククリット・プラモード 元首相
「日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは
 難産して母体をそこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。
 今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは
 一体誰のお陰であるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本という
 お母さんがあった為である。
 
 12月8日は我々に、この重大な思想を示してくれたお母さんが一身を
 賭して重大決意された日である。更に8月15日は我々の大切なお母さんが
 病の床に伏した日である。我々この2つの日を忘れてはならない。」
 (12月8日 「サイアム・ラット新聞」)


<ビルマ>

★ビルマ(ミャンマー) バーモウ初代首相
「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに
 貢献した国はない。真実のビルマの独立宣言は1948年の1月4日
 ではなく、1943年8月1日に行われたのであって、
 真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、
 東条大将と大日本帝国政府であった」
            (バー・モウ博士著『ビルマの夜明け』より)

★同ビルマ バーモウ首相
「約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、
 英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。
 愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば
 死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの
 生存のため苦難を受け遂には斃れたり。

 ビルマ人はアジアを統合せしめアジアを救う指導者を
 待望しつつありしが、ついにこれを大日本帝国に発見せり。

 ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を
 永久に記録せんことを希望するものなり。(独立宣言書より)」


<インド>

★インド ラダ・ビノード・パール判事(東京裁判判事、法学者)
「日本が戦争にふみきったのは侵略のためではなく、
 独断的な現状維持政策をとる西洋諸国によって挑発された為であり
 東京裁判は『正義の実現ではなく勝利者による復讐』である。」

★インド ラグ・クリシュナン元大統領
「インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像も
 できなかった。それを我々と同じ東洋人である日本人が見事に撃沈した。
 驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。」
 (昭和44年「日本経済新聞」より)

★インド ラダ・ビノード・パール 法学者、極東国際軍事裁判判事
 欧米諸国は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、
 自分らのアジア侵略の正当性を誇示する目的であったにちがいない。
 日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流れていくのを、
 私は平然と見過ごす訳にはゆかない。誤られた彼らの宣伝を払拭せよ。

 誤られた歴史は書き換えられなければならない。

<フィリピン>

■神風特攻隊はフィリピンで英雄だった

(小学館『SAPIO』2000年12月20日号
井上和彦「PHOTO & REPORT 神風特攻隊はフィリピンで英雄だった」より適宜抜粋)

濛々と立ちあがる砂埃と共に、日章旗とフィリピン国旗を握り締めた子供達の
一団が押し寄せてきた。子供達は、バンバン村を去ろうとする、我々日本人一行に
大歓声を上げて「日の丸」を振りつづけるのだった……。

平成12年10月25日、フィリピンでは、パンパンガ州マバラカットをメインに、
タルラック州バンバン、同州カパスの3か所で、「神風特別攻撃隊」をはじめ
戦没者の慰霊祭が挙行された。慰霊祭の取材にやってきたフィリピン人
ジャーナリスト・ジョジョ・P・マリグ氏(25)は語る。

「この式典は日本とフィリピンの関係を知るよい機会です。私は先の大戦で
 戦ったすべての愛国者は“英雄”だと考えています。とりわけその尊い生命を
 国家に捧げた神風特攻隊員は尊敬すべき“英雄”だと思います。
 またカミカゼ・アタックを決断した大西瀧治郎中将も本物の“武士”です」

フィリピン空軍軍楽隊の奏でる勇壮な『軍艦マーチ』が、マバラカット飛行場を
見下ろすリリー・ヒルの大地を揺さぷった。

神風特攻隊も戦後の日本では“戦争の悲劇”の代名詞としてしか語られて
いない。ところが、“カミカゼ”を生んだフィリピンではその捉え方がまっ たく
違っていた…。式典に参列したダニエル・H・ディゾン画伯(70)は静かに語る。

「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。
 ……こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。
 同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで
 誕生したことを“誇り”に思っています」

1974年(昭和49年)、特攻隊の生き様に感動したディゾン画伯は、神風特攻隊
慰霊碑の建立を思い立ち、マバラカット市長に進言した。そして画伯が感銘を
受けた『神風特別攻撃隊』の著者である中島正氏(元201航空隊飛行長)・猪口
力平氏(元第1航空艦隊参謀)の協力を仰ぎながら、やっとの思いでマバラカット
飛行場跡地に慰霊碑を建立することができたのだ。

私の方に向きなおった画伯は右手に拳をつくって語気を強めた。

「当時、白人は有色人種を見下していました。これに対して日本は、
 世界のあらゆる人種が平等であるべきだとして戦争に突入していったのです。
 神風特別攻撃隊は、そうした白人の横暴に対する力による
 最後の“抵抗”だったといえましょう」

そしてディゾン画伯は、両手を固く結んで私に託すのだった。

「神風特攻隊をはじめ、先の大戦で亡くなった多くの日本軍人をどうか
 敬っていただきたい。これは私から日本の若者たちへのメッセージです…」

東南アジア諸国の中でも「反日的」と思われがちなフィリピンで、
こんな考えを持つ人物に出会うとは思わなかった。さらに、私にはディゾン画伯の、
「私達フィリピン人は白人支配の犠牲者ですよ」という言葉が耳について離れない。

この“疑問符”を取り払ってくれたのは、
地元通訳のマリオ・ピネダ氏(73)の証言だった。

「かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください。立派に経済的な
 繁栄を遂げているでしょう。これは日本が統治下で施した“教育”の成果です。
 ……ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちでモノを
 作ることを学ぱせてもらえなかった。人々は鉛筆すら作ることができな
 かったのですよ。アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに
 売りつけてきたからでした」

これまでフィリピンが“親米反日的”と思われてきたのは、大東亜戦争で
この地が日米両軍の決戦場となったからにほかならない。日本軍は
この地で約50万人(全戦没者の約4分の1)の将兵を失ったが、戦場となった
フィリピンの人々は一般市民を含む180万人が犠牲となった。

ところが、こうしたフィリピン人犠牲者の多くは、アメリカ軍の無差別爆撃や
艦砲射撃によるものだったのである。むろん、この事実を地元の人々が
知らないわけがない。
日本人にとってのこうした“初耳”は、数え上げれぱ枚挙にいとまがない。

日米の攻防戦が繰り広げられたサマット山頂の博物館には、日本軍が
地元住民に医療処置を施し、友好的な交流があった事実を物語る写真が
堂々と掲げられてもいる。
在比邦人何けテレビ局「WINSチヤンネル」のキャスターでウインズ・インター
ナショナルの社長・水島総氏(51)は、このあたりについて次のように説明する。

「フィリピン人は日本で伝えられているような“反日”などではなく、
 むしろ親日的ですよ…。フィリピンの人々は戦争に対しては日本人よりも
 “リアリスト”です。戦争があれぱ多少なりとも悲劇はあると、現実的な
 考え方をしています。ですからフィリピンの人々は日本を責めようなどとは
 思っていません」

タルラック州バンバン村でも神風特攻隊の慰霊祭が行なわれた。
この村でも地元住民は村を挙げて日本の慰霊囲を歓迎した。そして、冒頭に記した
ように、帰路につこうとする我々を子供達は「日の丸」の小旗をちぎれんぱかりに
打ち振って見送ってくれたのである。
日本人参列者はこの光景に胸を詰まらせていた。頬を濡らす者もいた。

子供達の「日の丸」行進はどこまでも続いた。
式典に参加した地元サン・ロック高校の女子学生達は声を揃える。

「Brave!」(勇敢)

その中の一人が続けた。

「フィリピンにも“英雄”はたくさんいます。ですから私達も
 神風特攻隊という日本の“英雄”をたいへん尊敬しています……」

引率の男性教師は、「こうした歴史教育を通して、子供達に国を守ることの
大切さを知ってほしいのです」と話る。私は学生達にもう一度訊いた。
「君達は、カミカゼのパイロットを尊敬しているのですね」
屈託のない笑顔で皆は答えた。

「もちろんです! だってあの人達はヒーローですもの」

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/gaikoku_kamikaze/kamikaze_philip.html



そして、欧米諸国も、アジアにおける日本を、こんな風に評価しています。

★フランス アンドレ・マルロー元文化相
「日本は太平洋戦争に敗れはしたが、そのかわりに何ものにも
 替え難いものを得た。それは、世界のどんな国も真似のできない
 特別攻撃隊である。スターリン主義者たちにせよ、ナチ党員にせよ、
 結局は権力を手に入れるための行動だった。日本の特別攻撃隊たちは、
 ファナチックだっただろうか。断じて違う。彼らには、権勢欲とか
 名誉欲など、かけらもなかった。祖国を憂える尊い情熱があるだけだった。
 代償を求めない純粋な行為、そこには真の偉大さがあり、逆上と紙一重の
 ファナチズムとは根本的に異質である。人間は、いつでも、偉大さへの
 志向を失ってはならないのだ」

★オランダ サンティン・アムステルダム市長(現内務大臣)
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。
 日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の
 全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々
 独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘った
 あなた方こそ最高の功労者です。
 自分を蔑むことを止め、その誇りを取り戻すべきであります。」

★イギリス 歴史学者 アーノルド・J・トインビー
「1941年、日本は全ての非西洋国民に対し、西洋は無敵ではないことを
 決定的に示した。この啓示がアジア人の志気に及ぼした恒久的な影響は、
 1967年のベトナムに明らかである。」(昭和43年3月22日「毎日新聞」)

「第2次大戦において日本人は日本の為というよりも、むしろ戦争によって
 利益を得た国々の為に偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは
 日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
 日本人が歴史上に残した業績の意義は西洋人以外の人類の面前において
 アジアとアフリカを支配してきた西洋人が過去200年の間に考えられていたような
 不敗の半神でないことを明らかに示した点にある」
                  (1956年10月28日/英紙「オブザーバー」)

★イギリス 歴史学者 H・G・ウェルズ
「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、
 白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」

★イギリス マウントバッテン大将(イギリス軍・東南アジア総司令部司令官)
「かつて不敗を誇った日本軍も半年の死闘に衣服や靴もボロボロとなり、
 ささえるものは不屈の精神力だけであった。日本軍はインパールにおいて、
 ついに敗れたが、そこには何かが残った。それは歴史学の権威トインビーが
 いみじくも喝破したとおりである。すなわち『もし、日本について、
 神が使命を与えたものだったら、それは強権をわがもの顔の西欧人を、
 アジアのその地位から追い落とすことにあったのだ』」
             (ルイス・マウントバッテン『ビルマ戦線の大逆襲』)





日本は恨まれるどころか、多方面からこのように評価されている。
根拠が多過ぎて、逆に驚きますね(笑)。



我々の祖先は、欧米諸国の植民地支配とは違う、実に日本らしい実直な統治を行ったのです。
それは、こんなにも沢山のアジア諸国で根付き、花を咲かせ、今もこうして評価されている。

また、我々の祖先は、確かに戦争には負けました。
しかし、日本はアジアの命運を背負ってよく戦い、敗北と引き換えにアジア諸国の解放を成し遂げたのです。
アジア諸国は勿論のこと、当の相手である欧米諸国でさえも、それを認め、評価しているではありませんか。

我々が祖先を、そしてこの日本という国を、恥じることは決してないのです。
これらの話は、「特定の国」と、「自虐史観に染められた日本人」以外の全ての人間が、明らかにそうであると認めていることなのです。


日本人であることを誇りに思う。それが、むしろ客観的にみて自然なのです。


日本人は何故、ご近所の”ならず者国家”の言うことばかりを信じて、これらアジア諸国と、欧米諸国の評価を全スルーし、自虐史観に浸っているのか。


中・韓・北って、そんなにも信用できる、絶対にウソつかないよーな民族だっけ?むしろ逆じゃありませんか?
それとも、自虐的な気分に浸るのが、そんなに楽しいことなのでしょうか?

いい加減、なんかおかしいとか思いませんか?世の日本人達よ。





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category: 外交

コメント

No title

要するに日本は好かれているんですね♪

というかそんなことは3.11大震災でとっくに分かりきっていることです。各国の日本への対応、素晴らしかったです。1人の日本国民として感謝しています。

何を今更・・・って感じです。

URL | DEMENT #-

2011/11/26 01:48 * edit *

Re: No title

>DEMENTさん
何を今更、ですよね。
私も正直、このエントリを書きながら、「何を今更」と思っていました(笑)。

しかし、こんな当たり前のことを、知らない人が本当にいるんです。いるというか、決して少なくない。
その現実は、やはり現実として受け止め、是正するためのアクションを沢山、打っていかねばなりません。
今回のエントリも、そんなアクションの一つです。

私達にとっては当たり前の話だけど、でも、実際に知らない人がいる。
そういう人が、日本という国の復活において、足枷となることは必定です。
なので、私としてはむしろ、こういう当たり前の話を繰り返し、訴えていこうと思っています。
無関心な人に、誤解している人に、少しでもこの国のこと、この国の将来のことを、考えて貰えるように。

まぁ、既に「目覚めた」人にとっては、今回の内容などは特に退屈なエントリなのかもしれません。だって知ってますものね(笑)。
しかし、目覚めた人間だけで語り合ってても、大きな力にはなりません。
私は「まだ眠っている」、或いは「間違った方を向いている」……そんな人に対して、自分なりにアプローチをしていきたいと思っています。

URL | 蘭月 #4dj9P8go

2011/11/26 02:41 * edit *

アジアの国

<「日本の侵略行為、アジアに対して行った罪を棚に上げるな!」
<「アジアのどの国も、日本に植民地化され、虐げられたことを忘れていない!」

貴方のおっしゃる「アジアの国」とは「何処の国」かしら?

by櫻井よしこ

日本の戦争目的とはなんであったか?

戦争目的それは戦争をもってしても達成すべき「目的」

日本の戦争目的は

「日本の自存持続」

「皇室の継続」

「アジア、および世界の人種差別撤廃」

「植民地の廃止」

たとえ後付であろうともこれらが「戦争をもってしても達成すべき”目的”」であった

戦争の”勝ち””負け”を「戦争目的」の達成とするならば

「日本は戦争に負けた」のか?

<「日本の自存持続」

<「皇室の継続」

<「アジア、および世界の人種差別撤廃」

<「植民地の廃止」

上記の4つすべて達成している

実は「日本は戦争に勝利」したのだ!!

URL | かずにゃん #QvfgIWC6

2011/11/26 17:14 * edit *

書き忘れ

「自由貿易」も

URL | かずにゃん #QvfgIWC6

2011/11/26 17:50 * edit *

No title

こんばんは。 このテーマに関しては他のブログさんも取り上げていらっしゃるようですが
我ブログにても作成しました。
http://blog.goo.ne.jp/deception_2010/e/17013a064cbf42d6e72a3e19d231ad2c

まぁ、中朝韓のしょうもない嘘吐きは一生しょうもない嘘吐きでしょうけど、そういうのを私共が教育していかなければなりません。
私は蘭月さんほど優しくないので、すぐ斬りますよ。

URL | 一般人 #t50BOgd.

2011/11/26 22:10 * edit *

Re: アジアの国

>かずにゃんさん
櫻井よしこ氏の仰ること、実に的を得ています。
日本は残念ながら戦争に負けましたが、戦争における「目的」は、相当達成しているともいえる。
またその戦争が、それまで「虐げられる側」だったアジア諸国に、どれだけの影響を及ぼしたか。
我々の祖先は、決して間違っていないし、我々は誇りに思って良いのです。

>一般人さん
拝見しました。内容がかなり被ってましたね。二番煎じでした(笑)。
ただ、この話は何度してもいいと思いますね。それくらい、日本人に認識が足りない。
中・韓・北の妨害は相変わらずですが、一般人さんのように私も鮮やかに斬り捨てていきたいものです。

URL | 蘭月 #4dj9P8go

2011/11/26 23:28 * edit *

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